新聞掲載の記事より ~中山みどり・フェルトアートについて~

中日新聞(夕刊)2013年10月11日 「あの人に迫る」

(記者・吉岡逸夫氏の記事を抜粋しています)

 

 

羊毛フェルトについて、一般的はフェルト技法からフェルトアートまで

【フェルトアートというのはどういうものですか。】

ふわふわの羊毛を特殊な針で刺しからめて作っていく手法。私の場合はそれを彫刻だと思っているのでアートと呼びます。

フェルトとは一般に動物の毛を薄く板状に圧縮してシート状にしたものをさします。哺乳類の毛は、熱や圧力を加えると絡み合って離れなくなる。その性質を利用して、昔からじゅうたんやバッグなどの生活用品を作る素材として使っていました。せっけん水などのアルカリ性水溶液に漬けるとより絡み合い、丈夫なものができます。奈良の正倉院に中国から贈られたフェルトのじゅうたんが保管されています。モンゴルの遊牧民のテント「パオ」も羊毛フェルトでできています。人類の歴史とともに歩んできたといえます。

 

「うちのこ」を作ることの意味や、飼い主さんこそ自ら作ることをお勧めする理由について

【ペットロスの人たちの反応はどうですか。】

すごく喜んで下さる方がいます。できあがった作品をお渡しする時、箱を開けた瞬間に泣かれる方とか、ずっと食欲がなかったけれど、作品を玄関に飾り、「行ってきます」と言って元気で出掛けられるようになったとかですね。でも、期待の重さに気持ちがつぶれそうになった時もあります。

「全然似ていない。うちの子はもっとかわいい」と言われることもありました。手を抜いたわけではありませんが、飼い主さんの思いは強く、写真から立体へおこす私との情報料が格段に違います。望みどおりの再現というわけにはいきません。そんなときはどこが似ていないのかを聞いて、直しました。

本当は、ペットロスの方にこそ、自ら作ることをお勧めしたい。お金で人に頼むこともできるけれども、作ること自体楽しいからです。飼い主さんがペットのことを一番よく知っている。私がいくら技術で似せることができても、飼い主さんにはかなわない。毛むくじゃらで顔が見えない犬なのに、今日はうちの子は顔色が悪いと観察できるぐらい、飼い主さんは愛情を持っている。他人が入りこめないものがあるから、思いを込めたものが作れると思う。

 

フェルトアートを始めたきっかけについて

【中山さんが羊毛フェルトに出合ったのは。】

美大を卒業し、美術教室の講師をやっていた2001年のことです。私はたまたま治療入院中だったのですが、先輩の先生がお見舞いに羊毛を持ってきてくれたのです。ふわふわでカラフルで触れているだけで癒されました。先輩は「せっけん水でこすると形ができるよ」と教えてくれ、さっそく試してみると羊毛が固まりました。魔法みたいでした。

退院してから、すぐに羊毛を使って作品を作り始め、展示会で発表すると子どもたちが喜んでくれた。さらに不織布を作る機会ニードルパンチで使われる返しの付いた特殊な針の存在を友人から教わった。衝撃でした。せっけん水でこするだけでは細かな表現は無理でしたが、この1本の針を使うと緻密な描写ができ、立体もできます。

 

リアルな作品を作り始めた経緯について

【中山さんが世界で初めてリアルな造形にしたのですよね。】

フェルトアートはいろいろな要素が合わさってできています。フェルト文化があって、特殊な針が出てきて、ペットを大事にしている文化があって、モノを作る心仕事が根気よくできる日本人の気質があってのことです。全部合わさって、その上に私がのっかっているのだと思う。

私も最初のころはリアルなものというより、指人形を作っていました。美術教室のバザー用で作った指人形が子どもたちに受け、ハウツー本を作り、ワークショップを開きました。

リアルな作品は実家のビーグル犬を作ったのが最初。ただ犬の指人形に足をつけただけという感覚で作ったのが、友人から「うちのペットを作ってくれないか」と頼まれるようになった。展示するとみんな驚いていました。東急ハンズで「ふわふわフェルト」と銘を打って教室を開いたらすごい人気。そのころからオーダーメードの受注を始め、ペットを失った人たちからの依頼もたくさんいただきました。手間を時間と気持ちが必要なので大変ですが、とてもやりがいを感じました。

 

美術との関わりについて

【中山さんは、もともと日本画を志していました。】

子どもの時から絵を描いたり、モノを作るのが好きだったので美大を目指しました。岩絵の具という素材に魅力を感じたことや、日本画の間の取り方、日本人の美意識や自然を愛する心などを感じて、日本画を専攻しました。フェルトアートも日本画もそんなには違いません。日本画も繊細で表情や空気を感じさせる。立体の日本画作品を作っている、絵具の代わりに羊毛を使っている気がしています。日本画を描きたいという思いは今もあります。

大学時代は東京に住んでいたのですが、地元常滑の良さがあらためて見えてきて地元で陶芸をやっているおじを訪ねて、話を聞いた。試しに焼き物をやったら立体の面白さにひかれ、はまってしまった。陶芸体験も含めて、フェルトアートに役立っているのだと思います。

 

フェルトアートの犬、猫を上手に作るコツについて

【うまくなるコツは。】

まずは観察。知ることが大事です。犬や猫を骨格や筋肉の視点でも見て、ここの特徴をつかむ。素材を知り、技術の習得も大事です。そして最後、それらが表現できているか冷静な目でチェックをします。大事なのは、飼い主さん目線で見て作ってあげること。「どうだ。作りました」という作品ではなく、優しさ、心癒すものであってほしい。数を作って上達してきたかなと私自身は思います。

将来はふわっと心和むような活動がひろがったらいいなと。現在、私が直接教えている教室は8つ、認定講師が教えている教室は関東を中心に約80クラスあるのですが、全国から習いたいという多くのお声をいただき、関東以外での教室もお応えすべく、講師養成の教室を始めました。宮崎県や兵庫県など遠方から習いに来られる方もいて、もうすぐ認定講師は30人ぐらいになります。

私の仕事で最も大事なのは私自身の作品の制作です。いいモノを作って、見せていく。発表することで夢をつくっていく。そこを深めるのが一番の役割だと感じています。約1年後になりますが、百貨店を中心に全国巡回展の予定があり、それに全力投球したいと思っています。

海外でも紹介していきたい。日本人のきめ細かい技術、喜んでもらいたいというおもてなしの精神、動物愛は世界共通、ということでこの良さは海外の方にも伝えられるのではないかな。そして、楽しい時間を共有できたらうれしいです。